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帝塚山大学 同窓会通信 No.50 発刊日:2002.10.01

教養学部が、改組転換になるという事を聞き、帝塚山大学の基礎となった教養学部の足跡を残そうと同窓会で提案のあったのが発端となりました。記念誌委員として、15人のメンバーが集まり平成12年秋より39年間の資料調べがはじまりました。試行錯誤の末やっと発刊の運びとなりました。内容を少しお知らせしましょう。

「昭和38年4月26日金曜日、麗らかな晩春の朝であった。『おい、熊沢君、こんどの連休に東京行てみんか。』森礒吉先生(当時・学院長兼学園長)という方は、こういう人の意表を衝いた語りかけをなさるのが、ことのほかお得意であった。」(星晨帝塚山学園創立四十周年誌より)で、始まる帝塚山大学誕生の秘話、昭和38年といえば開学1年前です。熊沢君とは元学監の熊沢安定先生です。当時私学として教養学部を開設することは、前代未聞のことであったらしい。教養学部は学生5人に先生一人必要で、お金がかかる上に、専門だけではなく幅の広い学問を教える先生を多く集める事が困難だと、文部省はすぐに良い返事をしなかったそうです。ではなぜ、そしてどのような経過で開学式を迎えられたのでしょうか。

また、卒業生の原稿や座談会の話の中から次のようなことが分かりました。

40歳以上の卒業生の原稿には、ゼミやクラブをとおして先生方の思い出話が随所にでてきます。先生の研究室を自分たちの部屋のように先生と一緒にお茶を飲みながら人生を語らい、遊び、相談にものっていただくなど、付き合いは深かったようです。

しかしその後の若い人になればなるほど、友だちの話が多くなります。共学になったことや学生数が増えたことなどで変っていったのでしょう。

忙しい中を座談会のために時間をつくって出席してくださった先生方や卒業生の方々有難うございました。記念誌作成にご協力下さいました皆様方本当に有難うございました。

同窓会の歴史が素晴らしい形となりました。

教養記念誌発刊を終えて

帝塚山大学同窓会  会長 鎌野多美子

「約束を果たせた」、教養記念誌を完成できた今の心境です。私たちの帝塚山大学の39年を、そこに在籍した人たちの声を通して知っていただけると思います。記念誌の巻頭の言葉にも書きましたが、それは決して教養学部卒業生のためだけのものでなく、会員の皆様全員に読んでいただきたいものでした。先の総会でそのための予算が通り、この同窓会通信と共に皆様のお手元に届いた次第でございます。未熟なところも多かろうと思いますが、潭身の力を振り絞りました。是非読んで頂き、いつまでもお手元に置いて頂きたいと願います。

いうまでもなくこの記念誌発刊に至るまでには会員の多くの方々の協力を得ました。皆様の支援と協力があってこそ完成したものです。衷心より厚く御礼申し上げます。

この仕事を終えて、同窓会はこれからも発展に向って頑張っていきます。そのためにも、皆様からの同窓会へのご意見をお待ちしています。

会員数が増えるに従って同窓会室の仕事も多くなり、事務処理の正確さや合理化等にも努めていますが、住所変更などを含め会員の皆様個人の正確な情報をお寄せ下さい。また同窓会ホームページも一新されました。是非御覧頂きホームページにも参加してください。

秋は両支部の懇親会・文化事業・公開講座「わかみどり」・「30年会同窓会」・大学祭「ならでは市」など、催物が目白押しですが、何れにも是非参加していただき、会員同士の絆を深めていただければと願っています。

皆様のご健康とますますのご発展をお祈りしています。

帝塚山大学同窓会 平成14年度役員
顧 問 富田 敏子 (教2)
会 長 鎌野 多美子   (教5)
副会長 酒井 達恵
住友(権野) 頴美
横田 公美子
(教養記念冊子委員長兼任)
(広報部長兼任)
(企画部兼任)
(教2)
(教2)
(教15)
会 計 作本(秋重) 眞佐子
奥村 久美
横江(伊藤) 宗代子
  (教5)
(教6)
(教6)
書 記 長屋(志水) 洋子
森田(田中) 康恵
小川(小川) 陽子
  (教5)
(教6)
(教6)
企 画 米田(武田) 育子
森本(大湖) 康世
部長

(教10)
(教15)
広 報 岸本(〆野) 杏子
吉村(石川) 博美
勝本(加藤) 洋子
  (教2)
(教4)
(教9)
会員管理 鎌野 多美子 (会  長)  
東京支部長
東京副支部長
東京支部会計
亘(亘) 淑子
栄(栄) 陽子
田畑(紺野) 友子
  (教14)
(教3)
(教15)
西日本支部長
西日本副支部長
西日本支部会計
福田 美知子
山本(船曳) 真理香
綾部(末藤) 小百合
  (教3)
(教4)
(教12)
会計監査 西村(夏原) 美知子
宝田 大育
  (教4)
(経4)

第35回『わかみどり会』総会

4月29日(日・祝)にヒルトン大阪「桜山の間」にて教養1期から今春卒業の会員まで総数104名の出席のもと開催されました。10時より会長あいさつの後、昨年度の事業活動報告と決算報告があり承認され、続いて新役員の紹介がありました。その後新年度の行事予定、予算案の審議に入り、活発な意見も出ましたが採決の結果、多数の賛成をもって議案は可決されました。

又懇親会は石澤新学長の挨拶、小笠原副学長の乾杯で始まりました。16名の先生方のご出席もあり、賑やかに和気あいあいにすすめられ、アトラクションでは角倉昌子氏(教2)主宰グルーポ・アミーガスによるフラメンコが披露され会場は大いに盛りあがりました。

最後は伊原吉之助名誉教授のリード、奥村久美氏(教6)のピアノ伴奏のもと、学歌「この丘に立てば」を斉唱し、記念写真を撮り散会となりました。

総会・懇親会に参加して

教養16期 T・H

14期生の姉、奥井木実と一緒に、卒業してからはじめて参加しました。

まず、活気のある総会に驚きました。同窓会ができて35周年、記念冊子が発刊されるということで、役員の皆さんの意気込みが感じられました。ご成功を陰ながら応援致します。

懇親会は和やかに進み、お料理も満足でした。1・2期生がたくさん参加しておられ、その若やいだ姿に感心しました。余興のフラメンコを踊られているのが先輩と聞き、その若々しい姿に拍手喝采を送りました。ホテルで行われると、より華やかに感じられて、とてもよかったと思います。

男子卒業生の参加が少ないのが気になりましたが、大学の発展と同窓会会員のご活躍の様子を確認できた、楽しい一日となりました。

法政策2期

私は今年3月に大学を卒業して、4月に再び入学して、院生として知的財産の勉強をしています。

若葉の香りも、さわやかなゴールデンウイーク前に、初めて懇親会に参加させていだだきました。残念なことは顔を知っている人は少なくて、不安でいっぱいでした。久しぶりの再開で楽しく、親しそうに話をしている先輩を見て羨ましかったです。でもすぐ声をかけられて、みんなと話がはずみました。卒業生である現役生として先輩にいろいろ現在の学校の様子を聞かれました。きっとみんなが大学時代はなつかしいでしょうと思いながら、今のときどき学校がいやになることは反省しました。だれも私は留学生であることを気にしませんでした。いいえ、むしろ留学生だからこそ、みんな興味しんしんにいっばい、楽しくお話ができました。それに、先輩と一緒にお互いに日本語と中国語の勉強することも出来るようになりました。

懇親会に出て、楽しくてよかったです。みんな、ありがとうございました。今度新卒の方もたくさん出席してね。

経済2期 Y・S

去る4月29日「わかみどり会」総会、懇親会に参加させて頂きました。会場のヒルトンホテルに着きますと、ゴールデンウィークということもあるのか、非常に多くの会員の方々が来られていました。

前半の総会では、なかなか白熱した議論になっていましたが、後半の懇親会では、女性の方が多いせいか、非常に和やかな雰囲気で行われました。私のテーブルでは、先輩方や恩師の先生方と、学生時代の話や互いの近況など、懐かしくお話しさせて頂きました。私も卒業して10年以上が経ち、家庭、仕事共少し気分的に余裕が出来るようになり、今回足を運ばせて頂きました。

男性会員の方が少なかったのが残念でしたが、今後も今回のような活発で和やかな同窓会が行われる事で、新たな出会いや絆が生まれ、同窓会も増々発展するのではないかと思います。是非みなさんも普段の生活を離れて、昔話しに花を咲かせてみては如何でしょうか?

最後に、先生方、先輩方、そして今回いろいろとお世話頂きました同窓会役員のみなさん、本当に有難うございました。


恩師を偲んで
畠山英夫先生(平成14年3月没)

最後の会話

教養2期 T・S

後輩から、畠山先生が末期ガンで入院されていると、電話をもらった時、頭の中で何かがぐるぐる廻って...先生がいなくなるなんて考えもしなかった。

人との出逢いは不思議なもで、友人に誘われて入った「畠山ゼミ」。そこで波長が合ったのだろう。真剣に人生を話せる大人と出会った。私に生き方を教えてくれた先生に出会った。ブランデーを飲みながら、バカ話の間に「生きるという事」、「死ぬという事」なども真剣に話してた学生時代。その時先生が「僕は21世紀ちょっと見てみたいなア〜」と言ってた。何をぶつけても、絶対に話をはぐらかさず、真正面から答えてくれた先生。毎日先生の所に通ってたと言った方が正しかった学生時代なのに、卒業後は何の連絡もせず、何時も分からない事を教えて欲しい時だけ電話して、それでもちゃんと教えて下さった。色々思い浮かべながら病院へ。何年振りに逢うのだろう?ドアをノックする。

「ハイ」と元気な声。

「何してんのん、こんなとこで」

一瞬ビックリした目をして、いつもの頼りなさげな優しい笑顔に戻る。

「僕もう死ぬ!」

「ええやん、21世紀見てんからi21世紀なんて何もええことないやろ1」

「そうやなア」

「20世紀はよかったなアー先生!」

「うん。よかったなアー。君等と楽しかったなアー」

こんな会話で始まったお見舞い。逢ってみると、学生時代のままのタメロの私と、素直で穏やかな先生がいた。

「僕は入生を捨てて生きてきたからなアー」

学生時代よく聞いたこの言葉を今日も聞く。先生の私生活がどんなだったか知らないけど、先生は自分を慕ってくれる学生達の中に、自分が出来なかった青春を見てたんだと思う。

私は先生から「大切な人と真剣に付き合う」という事を学んだ。だから私の人生のセオリーの一つは「ツレはいらない大切な人と真剣に付き合う」という事。先生の宝物は自分を慕ってくれる学生達だったんだと思う。先生はその中で幸せだったんだよネ。直接言えなかったのが悔しいけど、「先生有難う!私も私の大切な人達の中で心幸せだよーいつも大切にしてくれて本当に有難う!」

畠山先生との想い出

教養10期 K・A

畠山先生との出会いは、昭和48年にワンダーフォーゲル部に入部した時の顧問の先生でした。1年、北アルプス夏合宿の際、太郎の小屋まで同行しました。先生はこの頃より膝を悪くされ先に下山されました。その後、顧問も代わり、山行きはしませんでしたがゼミ旅行にはよくご一緒しました。

3年、4年と畠山ゼミを取り、しょっちゅう先生の部屋に出入させて頂きました。化学が専門だったと思いますが、いろんな事に興味を持たれる先生の部屋には読みたい本がたくさんありました。ゼミでは、人口問題や、環境学的なことを学びました。アメリカの海洋学者であったレイチェル・力ーソンが農薬汚染を告発する書『沈黙の春』で著したように、畠山先生も化学物質が生き物や環境に及ぼす影響に非常に危倶されていました。子供を産み育む女性である私たちには、とても大切な学びだったと思います。

今年、先生が入院されているのをお聞きし、ゼミの友入と3月3日にお見舞いに行くことになりました。私はいてもたってもおれなくなり、前日にもひとりで会いにいきました。病院のベッドの横には3期生の先輩がかいがいしくお世話をされ、3入でゆっくりお話できたのが印象的です。30年前の大学の頃の話をしていると「あの頃は良かったなあ」とか、金関ゼミの話をしていると「すばらしい先生に出会えてよかったね」とおっしゃってくれました。3期の先輩が「先生には人生の歩き方を教わりましたよ」との一言に、私も納得しました。おいしい物の食べ方や、旅のしかた、人生の楽しみ方を教わったように思います。先生はいつも笑っているけど、悲しみを乗り越えた深いやさしさが見え隠れしました。

次の日、友人と共にお会いした時、日曜日だったせいか少しお疲れがみえました。あれから1週間後、亡くなられるとは夢にも思いませんでした。しっかり前を見、落ちついて他人への配慮を忘れない先生に、人の最期のあり方まで教えられたように思いました。

私の帝塚山との唯一の先生が亡くなられ、とてもさびしい気持ちです。

畠山先生ありがとうございました。さようなら。でも又お会いしましょうね。


公開講座「わかみどり」開催
第3回「障害児教育をとおして」 講師:小川麻満

7月6日(土)大阪・難波「かんぽヘルスプラザ大阪」にて、教養6期小川(酒井)麻満氏に「障害児教育をとおして」というテーマで、授業の様子などをビデオやパネルを使って講演して頂きました。障害者だけではなく、高齢者の介護という面でも興味深い内容でした。

『障害児教育をとおして』
--こどもたちと歩んだ28年--

(1)保護者の思いと障害を受容するということ

保護者にとって、自分の子の障害を理解し受容するということは、今も昔も並大抵の事ではありません。多くの保護者は「この子と一緒に死のうと思ったことがある」、「この子より一日長く生かせて欲しい、一時間長く生かせて欲しい」ということを言っています。これは、社会的な保障がとても少なく、個人的に問題解決をしなければならないという現実が、そう言わせているところが大です。いろいろ悩みがあるなかでも、今の保護者は、インターネットもうまく使いわが子の事に関しては、多くの情報をもち、私たち職員以上に専門家の人達がいます。そして、自分だけの力でこどもを育てるという考え方だけでなく、他の人の力や、社会資源をうまく利用して子育てすることもできるようになってきています。このように、世の中の情勢が少しずつ変わってきていますが、今も昔も変わらないのは、こどもが変われば、保護者が変わる。保護者が変われば、こどもが変わる。こどもに寄り添い、保護者に寄り添い、共に考える姿勢が大切ということです。

(2)発達の道筋は同じ

重い障害をもっていても発達の道筋は同じです。発達のステップを踏みながら成長、発達していくのです。

私達は、こどもの状態を把握するために発達診断を実施しますが、それは、発達段階を出すことが目的ではなく、この子の今の課題はと、その子の課題を見つけることが大きなポイントになります。例えば、ことばをもたずに入学してきたが、会話ができるようになった子は、(哺語→単語→指さし→共感→会話)のプロセス(発達の道筋)を必ず通っています。しかし、この子にこんな力をつけたいという思いが強すぎて、あせってはいけません。「のんきこんきげんき」の三つの「き」、と科学の目で実践「熱い思いと、さめた頭(障害児教育に共感と科学を)」で実践することが大切です。そして、いわゆる「問題行動」にたいしては、その行動だけをみるのではなく、その背景を考えることが大事で、「問題行動」は発達要求であると、とらえることで、取り組みの方法や視点が見えてきます。教育実践は、教員の自分発見でもあるのです。

(3)障害児理解

知的障害は、他の障害(肢体不自由、盲、聾)と違って、疑似体験もしにくく、障害そのものを理解することが難しいところがあります。しかし、障害の特性を考えて、こども達に接し、教育をすることが大切です。例えば、自閉症のこどもは、人とのコミュニケーションをうまくとれない、情報処理が難しいため、パニックになってしまうことがあります。自閉症のこどもは、ことばによる刺激(聴覚刺激)よりも、目から入る刺激(視覚刺激)の方が理解し易い特性があります。そんな時は、写真や絵力ードを見せることで、それが何を意昧しているかを伝え、そしてそこに言葉をプラスして、写真、絵力ードと言葉を合致させていくというのが、今のところ彼らにとって分かりやすい方法です。

障害児を理解するということは、人間を理解することそのものです。


第4回文化事業の報告
グリコピア神戸とラベンダー香る布引ハーブ園

6月29日、今にもくずれそうな曇り空でしたが、大人22名、こども20名の参加でした。

今回の文化事業は、『家族で参加できる文化事業』として企画しました。

初めての試みでしたが、バスを貸し切りちょっとした小旅行が出来ました。

ご参加いただいた方々やこどもさんにも大変好評で「森林とハーブに癒され、すがすがしい時間がすごせました」とか「工場見学のパンフレットをこどもたちは今でも見て喜んでいます」、又こどもさんからも「ロープウェイにのれて楽しかった」等と、うれしい感想をいただきました。

たくさんの方々にご参加いただき、ありがとうございました。

サッカー同好会「イエロースターズ」 共学と共にスタートした同好会

2002年は、日韓で「W杯」が熱く開催されたので、取材しました。

現在、選手15名、マネージャー8名(女性)で活動しています。奈良県社会人リーグに所属し、毎週月曜日に練習しています。

昨年2部から、3部に降格になったので、今年は2部昇格が目標です。メンバーは、中、高からのサッカー経験者もいますが、初心者もOKです。監督がいないので、自分たちで采配しています。

奈良市民体育大会でブロック優勝したので、次は県民大会です。今年のメンバーは強いので、期待が大きいです。キャプテン森山博之君(経済3年生)〔DF〕にお話を聞きました。"試合日程・結果などは、奈良新聞に載りますので宜しく!"

軽音楽部 S39、大学1期から続いている軽音楽部の近況です

現在部員は約40名、毎日練習にはげんでいます。部内には、10以上のバンドがあり個々に活動しています。

毎日、先輩や仲間たちと会ってワイワイ、ガヤガヤするのが楽しいです、クラブの仲間がいるから、学校も楽しいです。毎月不定期で111教室でライヴをしています。

今年の大学祭では、厚生センター3F、ミーティングルームでライヴします。OB・OGのみなさん!応援にきて下さいね。

お話を聞かせてくれた森川君〔Guitar〕、向井君〔Base〕、田代君〔Drums〕、玉置さん〔Keyboad〕

ありがとう!!

フラワーデザイナーとして

教養15期 西五辻(有光)玲子

今度、『同窓会通信』への投稿の依頼をいただきましたことは、自分白身の人生をふりかえるにはとても良い機会となりました。

大学卒業後、数年の勤めを経験して、その後結婚。その時に持ったウェディングブーケがフラワーデザインと、私の最初の出会いでした。初めの頃は展示会を見に行って、デザイナーの皆様の作品にため息がでるばかりで、自分にはとても遠い世界のことでした。

そんな私が、30才を過ぎた頃、私もお花をあつかう仕事をしてみたいと強く思いました。なぜなら、私の経験ではお花をいただいた時の方の顔が皆様とてもうれしそうに思えたからです。それに私自身が、とても幸福な気持ちになれたからです。それまで仕事らしい仕事もしたことがございませんでしたので、果たして自分がやり通せるか、努力だけではどうしようもない感性の要求される仕事ですので、初めようと決心するまで悩むことばかりでした。ただ、悩むことに時間をかけるよりまずやってみようと数年かけ講師の資格を取り、その後は私自身が見に行って、あこがれた日本フラワーデザイナi展にも出展させていただけました。ちょうどこの『同窓会通信」が出る頃からデザインを考え、それを元にデザイン画をおこし、一次審査を通過した人が次の春の展示会に出展することができます。また自宅の庭で育てたバラや、草花でデザインした作品を本に取りあげていただいたり、回りの方々に恵まれ本当に良いスタンスで活動させていただいております。

今年は、グラスゴーで行われた世界大会にも出展させていただけました。これらはフラワーデザイナーになりたいと思い始めた頃には、目標というより夢の様なことでした。これからも、一歩ずつ無理をせずやっていければと思っております。

後輩へ

経済4期 宝田大育

僕は経済学部の4期ですから、キャンパスに男女共学が全学年揃った頃でした。男子の先輩たちがンても喜んで、大変かわいがってい方だきました。大学祭実行委員会に4年間所属して、勉強よりも熱心に活動しました。

帝塚山大学を選んだのには、たいした理由はありません。高校(耳成)に推薦が来て、先生に勧められて夢験したから受かったという感じです。高校時代から、クラブ活動や年徒会活動を熱心にしていましたので、大学へ入っても、そういう活動をしようと思っていました。

僕が、一年生の時、大学祭実行委員会には22人の新入生が入りました。この友人たちとはいまも親密たつき合いがあるし、一生続くと思っています。また、その時知り合っ方先輩には、いろいろなことを教えでもらいました。いまも、お世話にたっています。

一番印象に残った大学祭は2年の時のものでした。先輩から紹介してもらったアルバイトは、照明や音響や、舞台のセッティングなど、自分たちが大学祭を主催していく上での勉強と実益を兼ねたものでした。アルバイト料もいくらか委員会に供出して、準備を進めました。先輩たちともよく飲みに行って、遅くなれば委員会室に泊まるという生活でした。でも、そんな中から、おもしろい企画のアイデアが出たりするものなのです。

僕たちのコンセプトはみんなで楽しむというものでした。クラブを回って模擬店をお願いするばかりでなく、委員会が企画した「女装大会」に出演を依頼したり、沢山の人に参加してもらうためにスポンサーからよい賞品を提供してもらうように交渉したり、近隣の白治会に、騒音対策について理解して頂くと共に、老人から子供まで楽しめる「演芸」を企画して、来て頂くようにお願いしたりもしました。着ぐるみを着て、近所の住宅地へ宣伝にも行きました。

大学中をいろんな飾り物で飾りました。もちろん手作りです。圧巻は段ボールで作ったFーマシーンです。親のツテやいろいろなツテを最大限に利用しました。この年の大学祭はとてもよい反響をいただき、僕たちの満足度も大変高く、生涯忘れられない思い出となりました。

大学祭OB会に毎年誘ってもらって、出席するようにしていますが、今の学生は少し元気がないように思います。僕が後輩である学生たちに言いたいのは、クラブ活動や学生会活動をやって、先輩と付き合って欲しいということです。同期の人たちだけでなく、年の違う人と付き合うことによって、社会性が身に付くと思うのです。アルバイトをするのもいいです。一生懸命、楽をしないで、やってほしいのです。大学が面白くない人は、社会に出てからもおもしろいことなどありません。大学で友だちができない人は社会に出てからも友だちはできません。充実した大学生活を送って欲しいと思います。

僕の大学生活に後悔があるとしたら、先生と親しくなれなかったことです。これで、親しい先生がいたら、よかったのにと思います。

僕は2年前、リコーから損保に転職しました。仕事をする上で、大学祭実行委員をしていた経験や人脈がとても役に立っています。友だちや先輩に感謝しています。しいて希望を言うなら、恋人募集中ということかな。

(損保ジャパンひまわり生命勤務)

《宝田さんには本年度の会計監査をお願いしています。先輩思い、後輩思いの明るい方です。これからも、活躍をお祈りしています。長時間のインタビューに答えてくださってありがとラこざいました。》

(聞き手-勝本)


「ふれあい通信」は皆様からのお便りコーナーです。
お気軽に近況や同窓会に対する意見を写真・イラスト等を添えてどしどしお知らせください。
皆様からのたくさんのお便りをお待ちしております。

教養1期 O・M 〔大阪府堺市〕 介護を必要とする89才の父を我家に迎えて只今奮闘中ですが元気です。
教養2期 M・T 〔大阪府八尾市〕 日本の伝統文化を伝えるべく各国での演奏活動を続けております。
教養3期 T・H 〔兵庫県川西市〕 卒業して32年余り、現在主人と3人の娘と一緒に平凡ですが幸福に暮らしています。
教養4期 N・I 〔千葉県習志野市〕 大学1年生の時は、社交ダンス同好会でした。先輩の頑張りで卒業時では社交ダンス部に昇格し、今や後輩の頑張りで、競技ダンス部になったそうで実に感激です。
教養6期 I・S 〔長野県北佐久郡〕 今年の3月22日(金)雨の中、同期生の友人の案内で卒業以来、大学を訪れました。30年っていう年月ですものね、ずい分変わっていて驚きました。卒業式でしたのでゆっくり見れなかったですが、ひと回りドライブしてきました懐かしかったです。
教養8期 K・Y 〔奈良県桜井市〕 再び学生すべく受験し、今年4月から帝塚山大学院博士課程前期1年です。
教養9期 O・M 〔東京都杉並区〕 若い人達に演劇、中高年の人達に朗読を教えています。気分は若いのですが、身体がついていかない。
教養10期 E・J〔東京都文京区〕 長女が4月1日よりオーストラリアのブリスベンに旅立ちました。獣医になりたくて2浪しましたが失敗ノ。新天地を求めてノ。主人は単身赴任。中1の息子と二人で、淋しく暮らしています。(ウサギ4匹・猫3匹・ハムスター20匹)大変です!!
教養11期 T・K 〔奈良県生駒市〕 同窓会通信、いつもなつかしく拝見しています。2年前父が倒れた為、家族で協力し介護の日々を送っています。快方にむかう事を願い頑張っています。
教養12期 H・C〔奈良県大和郡山市〕 現在、高2、中1、小1と年も差のはげしい3人の子育てに毎日ドキドキ、ハラハラしています。3番目が小学校へ入学してしまい、ホッとした反面、さみしくてー!帰る時間を時計ばかり見て気にしています。いつになったら子離れができることやら...?
教養14期 K・T〔新潟県新潟市〕 新潟にきてはや8年、パイプオルガンコンサートに出演したり、仏検にチャレンジしたり、忙しい日々を送っています。今年は新潟でワールドカップボランティアにも参加する予定です。
教養16期 I・M 〔東京都町田市〕 日頃から美容を気にかけており「若く見える」と、お世辞を言われ、喜んでいましたが、老眼が始まり、間接が痛む等、年令は正直だなーと、妙に感心するこの頃です...。
教養17期 T・Y 〔大阪府豊中市〕 次男の受験が終わり(六甲中に進学する事になりました)ほっとしています。3月前半、うつぼテニスセンターでATPチャレンジャー(テニスの世界大会)で、選手ラウンジで通訳していました。大学で留学させてもらったお陰です、感謝しています。
教養18期 Y・A 〔三重県名張市〕 今春、長男がようやく幼稚園へ...ちょっぴり、自分だけの時間が持てるようになりました、嬉しいような何故か淋しいような複雑な心境です、これからは、自分探しのために何にでもトライして行こうと思っています。
教養20期 Y・N 〔大阪府富田林市〕 三男坊も4月から幼稚園へ行きます。淋しくなりますが、犬のななもやってきて、私も週に2回テニスヘ行ってるので淋しさは感じないかも。
教養25期 H・Y 〔愛知県名古屋市〕 2001年9月に結婚をし、早くも6ヶ月が経とうとしております。最初は、お互いが慣れない事も多かったので(当たり前ですが)戸惑う事がありましたが、最近では自然に振舞える様になりました。そして、4月からは新しい事に挑戦しようと思っております。
教養28期 T・T 〔大阪府大阪市〕 早いもので大学を卒業して7年になります、6月には第二子誕生の予定で今から楽しみです
教養31期 B・T 〔兵庫県川辺郡〕 いつもお世話になっております。現在公務員として元気に奉職しております。
教養32期 A・N 〔和歌山県那賀郡〕 4月6日に長女を出産しました。「一葉・かずは」といいます。

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